しっかり戦術について書いてあるタイプのギャンブルとかスポーツが題材の漫画だと、ポケモンバトルに通じる部分を感じることがたまにありますね。フットボールネーションはそういう要素のある漫画でした。



『いい文章を読んだことのないものは決していい文章をかけない。インプットの量と質がアウトプットの質と無関係なはずがない。どんなジャンルであっても。』 これは主人公の沖と相手チームのプロの秋葉匠を比較する際の言葉です。沖のサッカー脳はトッププロのプレイ動画を見続けることで養われていて、秋葉はトップ層を見ていない。自分のプレイを反省、修正しているだけ。

ポケモンの構築の組み方、対戦スキルにもあてはまりますよね。

ぼくもいつまでたっても初心者の1500以下の人と、そうでない人は試合の後、特に負け試合の後に反省するかどうかが違うと経験則で感じていました。でも、自分よりもっと上の人や、特に初心者の状態からすぐに高レートにいってしまう人はまた何かが違うとも感じていました。

つよい人の考えたつよいものを見ているかどうかが違いますね。

車輪の再発明という言葉もある。自分しか見ていない人はゼロからくみ上げていくけど、しっかり情報収集ができている上位層の友達を作れている人は常識と思えている最低ラインが違う。





『麻雀は初心者ほど自分の手配にしか意識が行かないものだ。全体が見えていない。つまり相手との駆け引きができない。守りもおろそかになる。サッカーも同じだ。日本のチームが陥りがちな「自分たちのサッカー」は初心者の麻雀に似ている。』
沖がしているのがサッカーで、匠がしているのは球蹴りだとまで言っていました。サッカーは何人でやるスポーツかという問いに、匠は11人と返したのに対して沖は自チームと相手チーム合わせた22人とレフェリーでやると答えました。

ポケモンの場合だと、対面した相手倒すことばかりを意識して大局を見えてない場面かな?目の前のポケモンをそのまま倒したら積みの起点になってしまうからあえて交換先にしか刺さらない技を連打して倒されたほうがいい場面としっかり処理した方がいい場面の判断。相手のパーティのナットレイとか特定のポケモンを倒せるポケモンを温存したほうがいい場面。試合の中で使われた行動、使われなかった行動から型を断定して適切な処理法を選んでいけるかとか。

ブログ記事の読み方でも文章をちゃんと読んで理解せずに並びだけ真似たり、単体でポケモンの型を抜き出して意味を理解できてなかったりしますよね。


麻雀をやったことがあると、自分と格上の相手とで同じ盤面から得ている情報量が圧倒的に違う。運ゲーのはずなのに超えられない実力差がある。と感じます。






『「自分たちのサッカーね」… 「自分たちのサッカー」ってやつにこだわってる監督は往々にして選手の特性無視してムリヤリ落とし込むし、試合中の柔軟なフォーメーション変更もできない場合がある。交代策が消極的なことも多い』

勝つために強いポケモンを好きになれって喰い断さんに言われたのを思い出しました。ぼくは使いたくなった思いついたマイナーポケモンからパーティを組もうとしてこのポケモンは強くないなという結論に至ることが多いです。

勝つためにはプレイしないといけないからプレイし続けるモチベーションは大事で、そのために好きでいることは大切。でも、勝つためでなく自分が好きな何かに固執してたら勝つためにプレイしてる人とは差はできるなぁと感じますね。強いポケモンを使ってる人のほうが強い。あたりまえだ。

まぁ、ポケモンの場合はもっと上の世界大会常連層までいくと勝つための実戦経を験積むために実機の育成環境が手間だから別の場所で経験値を積んで公式大会用に最低限必要な個ポケモンも不正な方法で調達するまでいってしまってる人さえいるので、本当に対戦要素のみを求めるならポケモンってゲームを選ぶのが可笑しいし自分の好きを優先でいいか。ポケモンの世界観も愛していたいですね。





そう、ぼくは去年の今ごろはポケモンをしばらく離れていたからレーティングもなかった。モクローを使いだして、ダブルレート1800を達成できた。ポケモンは進化させたほうが強い。でもモクローのほうがかわいい。かわいくて楽しいから続けられる。

そうしてSM環境でレート1800を達成したドンババモクローでもUSM環境では1500台で停滞してしまった。苦手な相手の対策を考えて、ジャパンカップの放送をみて強いポケモンを知って、ムシャーナをクレセリアに変えることでいまダブレ1700までもどってこれた。強い人の対戦を見ると強いポケモンを知れて参考になりますね。